工藤パンの看板を数えた記憶
今日もお疲れ様でした。
青森市とむつ市を行き来していると、小学生の頃に親戚の家に行ったことを思い出します。弘前市へ。1987年頃?
むつ市からですと、今も昔も3時間半くらい掛かるのでしょう。小学生なので退屈にしていました。なので、私はとある行動に出ます。
工藤パンの看板を数える。
工藤パンというのは、青森県民なら知らない人はいない、「イギリストースト」などで知られたメーカーです。
昭和7年に田名部駅前(現在の赤川駅前)に創業し、大湊に移転して海軍向けのパンを納入し、その後青森市に進出し、……現在は誰もが知るパンの製造販売業者さんです。
私が小学生だった昭和時代の終わり頃は、「ユ藤パン」と読める縦書きの看板がありました。背景がオレンジで、文字が白。
その看板の数を、むつ市から弘前市まで数えてみよう、と思ったのです。看板があったのは大抵個人商店などの小規模なお店だったでしょうし、もちろん工藤パンの商品が売られていた、という。
私の記憶ですと、37~38くらいまで数えたところで疲れてやめた記憶があります。
疲れてやめたのは、むつ市から野辺地町を経て平内町の山口のあたりだったかな……。
ということは、昭和時代には、それだけの数の小規模な商店が街道沿いにあったことになります。今はもう……。改めて、世の中の変化というものを感じます。
ちゃんと最後まで数えればよかったです。
